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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

船橋リズムセンターとは

「船橋リズムセンター」という名称に学生の頃から愛着を持っている。

「船橋」は地元。といって地元愛からとっているのでもない。

都心でもない、田舎でもない、しかし、まったくの中間に位置するかというと、意識としては都心寄り、でも、いわゆる郊外。周縁。この中途半端な地理に、自分の心性を重ねている。

なにもない、わけではない。ひょいと手や足を伸ばせば、なにかに届くだけの距離。

それがかえって決断を遅らせる。失望も遅らせる。どころか、いつまでも淡い、幻のような期待感を抱かせ続ける。

あっちをかじり、こっちをかじり、それぞれに気の利いたことを言うだけの借り物の知識はすでに古着屋で仕入れている、それで半笑いで間合いをとる。

何者になれるのか?

こういう軸もなく、ぶれて、中途半端に成長してしまった自分の中に流れているのは、おそらく「船橋リズム」なのである。

そう勝手に、呼ぶ。呼んでいる。もう10年以上も。ただ自分勝手に。

愛着があるのは、結局ずっと成長していないからだろう。

それで、「センター」とくる。「中心」でもあり、ただ、行政施設的な響き、たとえば「総合窓口センター」とか「青少年センター」、「武道センター」といったもののイメージも含んでいる。

自分勝手な思い込みを、公的な施設と混ぜ合わせるところに面白みを感じる。

中途半端で、ぶれてて、深みのない中身と、パリッと体裁取り繕った見た目とのギャップをここに取り込んだ、ともいえる。

「船橋リズムセンター」。

単なるブログタイトルでもなく、座右の銘に近いとすらいえる。

扱う話題は映画や本や音楽、アートとこれといって目新しくもないカルチャー寄りになるだろうけど、詳細なレビューも、トリビア的な情報も、真っ直ぐな情熱も何も書かないだろう。書けないだろう。

自分に技量とまじめさと継続力があれば、「ぶれ」というテーマがやんわりと覆うようなブログになればよい、と思ってはいるが…