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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

送風機対傘~「気の利かない奴」を擁護する?~「なんとなく、クリティック」

どこから切り出そうか。
タカアンドトシが司会を務める「ホコタテ」を夕飯時に観る。世界最強の送風機とどんな暴風にも耐える傘との対決。傘を壊せば送風機の勝利、3分間傘が強風に耐えれば傘の勝利。
送風機対傘。常識的に考えたら傘の方がすぐに壊れそうだ。でもそれじゃあ企画として成立しない。どれだけすごい傘なのか。こういう興味をそそる。
勝ち負けがはっきりわかるとこもこの番組のよさだろう。家族で観てて、「こっちが勝つ」「あっちを応援したい」とか言い合って、これコミュニケーションにも寄与するわけだ。クイズ番組だと、わかる問題はいいが、わからない問題ではそこで発言が止まってしまう。
結果もすぐわかる。スポーツのように数時間かかるわけではない。
いや、実際撮影の際は数時間あるいは数日要する対決もあるのだろうが、編集の技で15分だか20分ほどにまとめられる。
意外な対決、明快な勝ち負け、短時間で決着がつく。さらに加えて高度な技術、メイド・イン・ジャパンの高品質をアピールできる場になってて、出演する企業にとっても、また不景気風で元気のないサラリーマンや中小零細企業の社員らにも、日々の勤めにモチベーションを上げられるような作りになってる。
なかなかよく考えられた番組だ、と。
 
ところでこの傘は、オランダのメーカーが作ったセンズアンブレラという商品で、流体力学に基づいて設計されたという独特なフォルムをしている。ああ、何度か目にしたことがある。ということは、メディアでかなり取り上げられているということだろう。
すでにこの番組でも何度か登場していて、何と対戦したのか知らないが勝利を収めてるのらしい。
傘を応援した。
3分持ち堪えたように見えたが、骨が一本折れていて、開閉ができなくなったために、今回の勝負は送風機が勝利ということになった。
しかし傘はよく耐えていた。あれだけ圧倒的な、風速80mだかの風に。傘も、それを支えていた人も。
人情として傘に軍配を上げたくなる。
 
多分演出上気を配るのは、対決する両者がいかに五分五分の力を持っているか、というのを視聴者にわからせることだろう。
でも、巨大な送風機と傘一本を見た時に、やっぱり傘が不利だと思ってしまう。こう思い込んでしまうとなかなかこういう思い込みを抜け出せない。
送風機ともあろう奴が、こんな力の弱い傘一本相手に本気を出して、と。
そうすると自然弱い立場を応援したくなってしまう。人情として。
 
職場に社会人としての常識にやや欠ける若者(20代後半)がいる。仕事は言われたことは素直にやる、日々上達も見られる。が、目配り、気配りの部分が弱い。
結局仕事はできていても、自分だけで完結していたり、次工程へ仕事を渡すのにぞんざいだったりして、マイナスイメージを強めてしまう。
「目配り、気配り、心配り」というのは前職で常々言われてはいた。
他人を慮る。
う~ん、これを否定する気はないが、でも、こういう目配り、気配りのなさも大目に見たい気持ちもないではない。
配慮に欠ける個も、ぞんざいな個も、あって欲しい。などと教育係の立場でありながら無責任かしら。
「気の利かない奴」というレッテルは勿論貼られて名誉でないし、たいていどんな場でも疎まれてしまうのだが、そう誰もが他人のことに神経行き届かせる人ばかりというのも気持が悪い。
「気の利かない奴」は損する場が多いのは事実として、彼がそれを覚悟の上でぞんざいであり続けるのもそれはそれでありだろう、と思うわけだ。
と、実はそう対岸の火事を見てるようにもいかず、同じ会社の一員として彼が「気の利かない奴」と認定されてしまうと、彼を雇用している会社そのもの、つまり自分の勤めている会社全体がマイナスイメージを持たれてしまう。彼の低評価や失職で済むならまだよいが、というのもひどいが、自分も火の粉をかぶりかねない。
となると、やはり注意忠告せねば、となる。
社会人として常識に欠けるような「気の利かない奴」を擁護してあげたい気持もあるが…
 
まったく身勝手なものだ。
自分に利害がない時は、弱い立場を応援するのに、自分に利害がある時は、強い立場に立ってしまう。
 
「奇跡のリンゴ」みたいな話を聞くと、世間の逆風に耐えて信念を貫いて成功させて素晴らしい、と思うのだけども、同じチームの中に一人だけ「俺はこういうやり方でやりたい」と強情に言い張る人がいたら、やはり面倒だと思う。
 
なんだかいろいろこじつけようとしている。
もう少しまとまるような気もしたが、結論を導かない方がよさそうである。
 
別の切り出し方をした方がよかったのかもしれない。
  
マイナーなものを「かっこいい」と思って、メジャーなものは「ださい」と思って、あまり他人が聴かないような音楽を聴いたり、映画を観たり、ということが10代の頃にはあった。20代の頃にも、というか今でもある。
他人が聴かないような、観ないような、といってもただ周囲のごく限られた人が聴いてなかったり、観てなかったりしてるだけだし、マイナーやメジャーの基準も自分がよく見るか見ないかくらいの恣意的なもんなのである。ということにそろそろ気づく。
「なんとなく、クリティック」

なんとなく、クリティック〈1〉

という雑誌を買った。特集が山本精一だったので興味を持った次第。
サブカル亡き後、批評の時代が来るのでは?というようなテーマのリトルマガジン。
誌名の「なんとなく、」が示しているように、それほど難解な批評誌というわけではない。
やっぱりサブカルっぽさは感じる。なんといっても第一号の特集が山本精一浅野いにおの「おやすみプンプン」だというのだから。
ちなみに浅野いにおは読んだことがない。マンガは読まないのだ。
おそらくサブカルとして山本精一浅野いにおを取り上げてるわけじゃなくて、編集者が単に好きだから取り上げたというだけなんだろう。そこにメインとかサブとかない。
 
実は、メインとかサブとか持ち出して、先ほどの強い立場、弱い立場と結べないだろうかと考えたりする。
無茶苦茶だ。
すでに長過ぎる。
 
TSUTAYAでパフュームの「GAME」

GAME

を借りてきて聴いている。
アイドル聴くのもあんまり抵抗なくなってきた。