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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

おどかす子どもは「感動させたい」?〜「ゼロからの脚本術」から〜最近は園子温と大森立嗣

子どもが他人を、まずは親しい他人をおどかして喜んだりするのを、成長の段階において何何期とか言うのだろうか?というのを、ふと考える。

「おどかす」、この場合、「わっ!」と言ってビックリさせる行為は、うちの子に限って言えば、幼稚園の頃には見られなかったし、小学校に上がりたての頃も見た記憶がない。小2の後半から小3になった最近にかけて、よく目にするようになった。
ただ子どもの行動に「おどかす」というのが増えたから、そう思ったわけではなくて、自分自身の少年時代を振り返ってみると、他人をおどかす行為を、確かに一時期よくやっていたのを思い出したからでもある。

自分の場合は、一つ下の弟をおどかしたりしてたのを記憶している。
中でも鮮烈に覚えてるのは、弟が風呂から出て来るところを廊下の死角から「わっ!」といっておどかした時のこと。弟はほんとにびっくりして走り出し、まだ足が濡れていたので、滑って転び、したたか腰だったかを打ってしまった。
このことで怒られた記憶はもうないのだけども、子供心に「悪いことをしたな」と内心反省したのを覚えてる。

で、自分とうちの子どもだけの例で、何か普遍的なものを見出すのもどうかと思うが、「おどかす」という行為は、なにか成長に関わりがあるんじゃないか。つまり他人にショックを与える→動揺させる→感動させる、ということに繋がるんじゃないか、と。
人の心を動かしたいという欲求の芽生え。
子どもが「人の心を動かしたい」とはなかなか思わないだろうが、どこかにそれに似た欲求があって、自らの行為で他人にショックを与える=おどかす、という手っ取り早い安易な方法を取る。
他人をおどかすというのが、コミュニケーションの発達、世界や他人との関わり方の発達上、なにか一つのタームであるような気がしている。


図書館から借りていた「ゼロからの脚本術」

ゼロからの脚本術―10人の映画監督・脚本家のプロット論

を返却しなくちゃいけなかったので、観ておきたい作品をノートにリストアップ。
内田けんじ、三木聡、横浜聡子、高橋泉の諸作品を。

日本映画は(そういえば最近あまり邦画という言い方を聞かないような)不勉強で、北野武黒沢清三池崇史で止まったままで、ってこの三人の名前を並べたら脚韻踏んでて気持ちがいい。
今年はなるべく日本映画を、それも2000年以降に話題になったり、頭角を現してきた監督の作品を観ようと心掛けているのだが。
そのきっかけは昨年の吉田大八監督「桐島、部活やめるってよ」

桐島、部活やめるってよ (本編BD+特典DVD 2枚組) [Blu-ray]

アメリカ映画における青春コメディというジャンルの、小粒ながらに層の厚いのをなんとなく羨ましいような目で見ていたので、日本から、こう、ニュートラルに観られる青春映画が出てきたのが素直に嬉しかった。
と打ってたら、また観たくなってきた。

「桐島」についてはまた機会があればあらためて。

最近は園子温と大森立嗣に狙いを絞って観ているのだが、どちらもあくの濃い作風。

冷たい熱帯魚 [DVD]

と大森立嗣の「ぼっちゃん」が、どちらも実際に起こった殺人事件を題材にしていて、どちらも事件を丁寧に事実に基づいて描くという作品には仕上がってなくて、黒いファンタジーの方向へ向かいながらも、それぞれに別の味わいがある。というのが面白くて、この辺もう少しモヤモヤ考えてみたいな、などと。