船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「20世紀アメリカ短篇選」やアメリカの歴史〜それは「ハリウッド・バビロン」から〜しかしこれも一過性の…

平日は通勤時間や昼休みにポツポツ時間を拾い集めて岩波文庫の「20世紀アメリカ短篇選(下)」

20世紀アメリカ短篇選〈下〉 (岩波文庫)

を読んでいる。
(上)はまだ読んでいない。
(下)に収められてる作品に読みたいものが多かったので、上下が逆転している。
短編集なら問題はないだろう。
表紙の写真、アンリ・カルティエ=ブレッソンの撮ったニューヨーク、自信と威厳に満ちた男がパリッとして立っていて、こちらも襟を正さなくちゃ、という気にさせられる。
いや、それはおかしい。
なにをそんなに踏ん反り返って、ニューヨークのエグゼクティブとやら。
これもアメリカの一面。

土日は子どもに付き合ったり、家事(主に買い物、炊事)をしたりの合間に、図書館から借りてきた「アメリカの歴史 テーマで読む多文化社会の夢と現実」(有斐閣アルマ)

アメリカの歴史―テーマで読む多文化社会の夢と現実 (有斐閣アルマ)

を興味のあるとこだけつまみ読み。
10年前に出版されたものだけども、第一章がアメリカの地理に続いて環境問題から始まってるとこに、21世紀の歴史の語り方みたいなものを感じる。

アメリカを学びたいわけじゃなかったのに、気がついたらこうした本に手が伸びてしまっている。
もとはといえば、ケネス・アンガーの「ハリウッド・バビロン」

ハリウッド・バビロン ?

だった。
絢爛たる狂騒の20年代、パーティーと乱交と殺人のハリウッド。
20年代って何だったんだろうか?
トーキー映画が初めて公開され、ラジオ放送が始まり、女性が肌を露出し始め、ジャズ・エイジだなんて言われる。
芸術ではない、カルチャー=大衆文化が突如沸騰したかのように思われる時代。
なにがあったのだろうか?
そんな興味から始まったわけだ。

同時代のヨーロッパ、パリにも芸術家が集う。
ダダからシュールレアリズム。

世界大戦の狭間で、アーティストは何にイラつき、どんな欲求を抱え、大衆はなにを喜び、好んだのか。

残念なことに体系的に学ぶ訓練を受けてきてないので、どういう本や資料に当たったらよいのかがわからない。
そしてテーマを掘り下げる熱意と継続力にも欠ける。
どうやってそれを身につけたらよいのだろうか?

一過性のものでまた終わってしまうのかもしれない。
まさに時宜を得たりで、フィツジェラルド「華麗なるギャツビー映画『華麗なるギャツビー』予告編第3弾 - YouTubeが公開されてる。にもかかわらず、駆けつける機動力に欠ける。

先日の「世界ふしぎ発見!」は、その「華麗なるギャツビー」公開に合わせてだろう、ジャズ・エイジ特集であったが、気付いた時には半分ほど終わっていた。
この乗り遅れ感が、自分という人間を浅くとどまらせている、ずっと。
浅く浅く、波打ち際をただただ海岸に沿って歩いてくような。
こんな比喩!そもそも海なんて好きでもなかった…