船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「small planet」~距離と情報~「ドーン・オブ・ザ・デッド」のオープニング

2006年の木村伊兵衛賞を受賞した本城直季の「small planet」

small planet

small planet

をゆっくり眺める夜。

「ミニチュアっぽく見えるけど、これってほんとの現実なんだね」という驚きのある写真で一世を風靡したのは記憶に新しい。勿論ここに収録されている写真に接してまず驚くのはそこなんだけども、それもあるけれども、俯瞰の大パノラマというのに個人的には痺れるものを感じる。

確実にビルの上の方の階だとか高いところから撮影しているはずなのに、なぜだか観るほどに、どこから撮影しているのかがよくわからなくなってくる。

神の視点?

それもピンとこない。

上から見下ろしている感があんまりないのだ。

ここはやっぱり、ミニチュアっぽさからくる感覚をストレートに「覗き込む」という感じ。

いや、あれだ、ボードゲームのゲーム版を眺めてる感じにも似ている。

世界を見渡す。

人はピンであって人ではない、車は箱であって車ではない。

「人生ゲーム」のコマみたい、というかそのもの。

これだけの広角で捉えていて、かつ細部は粒立っているのに、圧倒してくるような情報量ではない。

むしろ広がるほどに情報は減っていく。

ブロッコリみたいに色鮮やかにこんもりとした木々。なんの木か知らない。ただ木々、だ。

道は線だ。幅のある線だ。

コートやグランド、駐車場、リングは仕切られた面だ。

そこにピンと箱が点在している。

そういうように見える高さ。

この高さが心地よい。

 

これがもっと近づいていったらどうだろう。

箱は車になっていく。車はさらにプリウスだとかワゴンRだとかになっていく。

ピンは人になっていく。人はさらに40代男性サラリーマンとか10代女性学生とかになっていく。

被写体との距離によって、そこに映し出される情報は変わってくる。

当たり前のことなんだろうけど、距離と情報、そんなことを興味深く考えた。

 

「small planet」は「planet」であって「earth」ではない。

地球ではないどこか別の惑星。

 

俯瞰の映像が印象的な映画をひとつ思い出した。

ザック・スナイダー監督「ドーン・オブ・ザ・デッド」のオープニング。

棚にあったのを取りだして観てみる。

郊外のきれいな街並みを俯瞰で捉える。アナの運転する車は帰路を走る。

一夜明けて、ゾンビパニックで街は壊滅状態。


Dawn of the Dead (2/11) Movie CLIP - Zombies Ate ...

※注意ショックシーン有

俯瞰ではないが、アナの視点で見る住宅街の混沌とした様子も素晴らしい。

ここは俯瞰、街を脱出するアナの車の目の前で車同士が衝突して炎上。遠くの方では何か所も煙が立ち上ってる。不穏な、先行きの暗いオープニング。

 

俯瞰映像を観るつもりで見返してみたけど、このオープニングはほんとにグッとくる。

ザック・スナイダーには特別思い入れもないのだけども、「ドーン・オブ・ザ・デッド」のこのオープニングを撮っただけで、あとのフィルモグラフィはどうでもいい、という気になる。