船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「トラウマ映画館」の映画を観る〜フリーハンドでグニャグニャな〜私的トラウマ「ザ・フライ」

7月に入ってから映画を観にいけてない。
家族の時間に遠慮しながら、小遣いをやりくりしながら、月に2回はせめて足を運びたい、と思いながら、今月はなかなかうまくタイミングが合わない。

そこでDVD鑑賞。
町山智浩著「トラウマ映画館」

トラウマ映画館

を今年の初めだったかに読んで、そこに取り上げられていた作品のうちソフト化されてて観られるものをなるべく観ていこう、というのを今年の目標にしていて、少しずつ観ている。

しかし目標は立てた途端に満足してしまい、すぐに別のことに目移りする。

自分の立ち位置と目標とを定規で結んで、スッと線を引けるような人が羨ましい。
いや、羨ましくはない。
なんでそんなことができるのだろうか?
できる人はおそらく少ないのだろう。
フリーハンドでグニャグニャな線を、遠回りに、たまに枝分かれし、描いていって、結局目標地点に結びつかない、というのが、たいてい真実だと思っている。

こういう脱線。

SIGHTINGS

Absolutes

の、ロックをボコボコに殴ったり、引きずったり、裏返したり、そんなノイズを聞きながらのブログ。

「ある戦慄」

ある戦慄 [DVD]

、深夜のダウンタウンを走る電車にたまたま乗り合わせた訳ありな人々、そこへチンピラ2人組が乗車してきて、乗客に絡み始める。それが次第にエスカレート、ある者は見て見ぬ振り、ある者は仲裁に入り、またある者はチンピラに加勢しようとする。ところがチンピラたちはそんな乗客たちの偽善を動物的な勘で嗅ぎ当て、次々とその上っ面を引っぺがしていく。

という話だったと思う。数ヶ月前に観たので、ざっくりとした輪郭しか覚えていないのだ。

この作品のどこが居心地悪くさせるのかというと、観ている観客もこの現場に居合わせたひとりだとするので、自分の偽善をも指弾されてるような気になってしまう。

これでは割とまともなレビューになってしまう。
これでも割とまともだと思ってしまう。

「悪い種子」「追想」と観たけども、それぞれのあらすじや所感を書いたら、想定してるボリュームを超えてしまいそうだ。

実は「ゾンゲリア」が面白かったことを書きたかったのだけども、振りがよくなかったのかしら?

個人的な「トラウマ映画」を挙げれば、クローネンバーグの「ザ・フライ

ザ・フライ <特別編> [DVD]

小6の時に、千葉の場末の映画館で、「ゴーストハンターズ」との二本立てで観た。
トラウマ的な体験というのは、思春期においては避けられない。
ジェフ・ゴールドブラムは素の状態からしてすでに異様な風貌であった。すでに人間となにかが融合しているような顔つきであった。
それがさらに蝿と融合して、徐々に人間らしい容貌を失っていく。
髪が抜け、歯が抜け、顎が落ちた時には思わず目を背けてしまった。
あまりの恐ろしさに、上映前に買っていたパンフを、家に持ち帰りたくないがために、劇場にそのまま置いてきた。一緒に行った友達の手前、怖くてパンフを置いてきたと言い出せず、帰りの電車で、うっかりした!といった白々しい演技で「あ、パンフどっかに落としてきちゃったよ」と弁明したのを覚えてる。

ところでこの「ザ・フライ」と「ゴーストハンターズ」の二本立てこそが私の映画原体験だったのだ、と大人になってから思ったのだった。

ねむい!