船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

YCAMDOMMUNEでヤン富田のライブを観た

ジョアン・ペドロ・ロドリゲスの「ファンタズマ」をオーディトリウム渋谷で観てきたばかりなので、当然そのことを冷めないうちに書いた方がよいのだろうし、これも先程読了したばかりのシャーウッド・アンダソン「ワインズバーグ・オハイオ」について余韻が残ってるうちに感想を書き留めておいた方がよいのだろう、とも思うのだけども、今日はそれを置いておいて、こないだの土曜にDOMMUNEで観た山口情報芸術センター(YCAM)10周年記念ライブのことなぞを徒然と思い出しながら。

 

YCAMDOMMUNELIVE | 山口情報芸術センター[YCAM]10周年記念祭

これまたtwitterを眺めていてDOMMUNE坂本龍一が出ているらしいことを知り、そのあとにどうやらヤン富田がライブをするという。

両者の音楽の熱心なファンではなかったのだけども、なにやら面白そうなにおいが漂ってくる。

夕飯時の住宅街を歩いていてなんだかおいしそうなにおいが、あの家かこの家か台所の換気扇から漂ってきて、食欲を刺激される。そんな感じ。

面白いものはたいてこうやってなんとなく鼻の先にフッと漂ってくるのだ。

 

第一部の坂本龍一湯山玲子のトークはながら見してしまいあんまり記憶にないのだけども、第二部ヤン富田のライブは、なかなか刺激的でグッと来るものであった。

 

ライブの興奮を書くのなら、やはり観た直後がよいとは思うのだが、それをどうも遅らせてしまうのは怠惰の為せる業なのか、いや、なにか遅らすことに自分自身の性を感じる。ディレイ文章、ディレイブログ。

 

ヤン富田のライブは二部構成、ちなみにライブのタイトルが「禅と生命体と宇宙線」とスピリチュアル感に満ちている。

一部は小山田圭吾の脳波を使ってコンピューターでなにやら音に変換しての演奏。小山田圭吾は舞台の上の背を倒した椅子に仰向けに寝ているだけである。

実験的、とだけ言ってしまうと非常に不足な感じがして、実際音楽として聴いていてもとても楽しい。

人工知能(AI)に演奏させているという軽快なベーストラックのリズム感の心地よさ。

タイトルから受ける小難しい感じは一切しない。

また、寝ている小山田圭吾と大仰なコンピューターに囲まれて演奏するヤン富田、というビジュアルがチープなSF映画を観ているみたいで、これもグッと来る。

このコンピューター、機材を置いていた台が、なんでも数年前にヤン富田小山田圭吾がビールのCMでタイへ行った時に、ロケ先のケータリングで使われてたものと同じだとかいう。

毎日仕事で機材をいじってたりしていると、「こういうのも大事」、と。

たまにこんなほのぼのとした口調で、さらっと沁みるトークも混じる。

 

二部は、まさに「未知との遭遇」。演奏途中で突如ステージ上空に円盤が飛来、ステージにはエイリアンが降りてきて、機材をはさんでヤン富田とコンタクト。

夏祭りの夜店で売ってる玩具の銃をもちょっと立派にしたような、SFガジェット的マシンがピカピカ光り、ノイズを鳴らす。

これはとんでもないライブを観ているなあ、と。

坂本龍一はライブ前円盤を指してヤン富田に「今日はこれに乗ってきたんだね」と言ったそうで、ヤン富田は「いいでしょ?こういう会話」と観客に好々爺然として語る。このゆるさもいい雰囲気。

 

優しく温かいヤン富田の人柄が伝わってきつつも、ライブで出してる音はとんでもなく前衛的、先鋭的で刺さってくる、というこのギャップがなんともグッとくる一夜であった。

 

 

と、案外まともな感想で終わり。