読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

学園天国?な映画②~「天才マックスの世界」

天才マックスの世界」(1998・アメリカ)

Rushmore Trailer (1998) - YouTube

ウェス・アンダーソン監督の名を一躍世に知らしめた学園青春もの。

青春の苦味と酸味が、軽快なモッズサウンドに乗り、とにかくシャレた感じにまとめられている。

と、こう打ってみて別に間違いはないのだけども、それで済ませていいのか?

その後のウェス・アンダーソン作品の特徴である、漫画のコマみたいな平面的な構図がここでも見られることについて、何か言っておかなければいけないんじゃないか?もしくは音楽が能弁にストーリーを語っていることについてだとか、俳優の表情が乏しい演出だとか…

つまり、ウェス・アンダーソンの作家性について触れないと不十分じゃないか?作品を観たとは言えないんじゃないか?

ウェス・アンダーソン作品について何か書く時に鬱陶しいのは、そういうどこか観た人間をスノッブにさせる、もしくは浅いシネフィルにさせるところ。

僕のような中途半端な人間は、まんまとその罠にはまる。

だから「天才マックスの世界」について語るのが難しいのは、作品に由来するものではなく、勝手に「これはどれだけ映画について鋭い感性を持っているか試されている」などと思い込んでる自分の虚栄心によるわけだ。


と、たいそうな言い訳を前置きにして、浅い感想を開陳する。

正直、ウェス・アンダーソン作品は、嫌いではないが、「好きだ」と言わなければいけないムードに酔わされてるところがある。

ライフ・アクアティック」のドリフのセットみたいな潜水艦を観たら、とりあえず「すごい」と言っておかなければいけない感じがする。


私立ラシュモア高校の問題児マックス・フィッシャーは課外活動をいくつも掛け持ち、勉強には見向きもしない。

ある日新任の女性教師に一目惚れしアタックを始めるが、尊敬してる学園理事もその女性教師に惚れ、かくして親子ほどの年の差のある二人が恋のさや当てを演じる。

という話なんだけども、ここから立ち上るいかにも青春ぽいムードには全然ならない。

学園理事を演じるビル・マーレイは芸風だとしても、他の登場人物もほとんど表情を露わにしない。

それに内面に迫る描写がほとんどないので、好きなのか嫌いなのかよくわからない。

というか恋愛もマックス・フィッシャーにとっては課外活動のひとつでしかないんだろうな。

常に活動しないではいられない。それを完璧にコントロールしたいコントロールフリーク。

青春映画ではあまり見たことのないタイプの主人公。くよくよ悩んだりしない。自信過剰。勉強はできない(しない)にしても決して頭が悪いわけではない。

これってたいていの人は感情移入できない。少なくとも青春映画を見ようという部類の人には。


じゃあつまんないかというと、結局はこの妙なストーリーと、それを構成する画面と音楽とのトータルでのデザイン、というのか、そこが面白さかな。映画というより活人画みたいだよね。

ユーモアもあるっちゃあるけど、クスとも笑えない。すかしてる感じがする。

と、なぜだか悪く言ってばかりのようだが、決してそんな気もなくて、そういうこと一切合切含めて、変な映画だと言いたいんだけど、そこへ着地しない。

しかし、ウェス・アンダーソンって全然アメリカンな感じがしない。とてもテキサス出身とは思えない。こういうアメリカ人もいるんだ、というね。

ちなみにウェス・アンダーソン作品では「ファンタスティックMr.フォックス」だけは傑作と断言できる!

彼のやりたいことはストップモーションアニメのような、0からコントロールできるような表現方法でこそ真価を発揮できるんじゃないか?


全然「天才マックスの世界」について書かなかった気がする…