船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「カイユボット展」@ブリジストン美術館を観てきた

ギュスターヴ・カイユボット、初めて聞く名である。
印象派の画家という紹介をされているようだけども、ルノワールセザンヌ、ドガなどに較べれば、知名度はかなり低い。
別に印象派に精通してるわけではないので、美術の教科書におそらく載っていないだろう彼の名を聞く機会は、今までなくて当然なわけだ。
 
 
芸術新潮」と「美術手帖」でこの展覧会の小特集を組んでいて、そこに掲載されていた「ヨーロッパ橋」「ペリソワール」「床削り」なんかを観て、ああ、これは観に行きたい、と思い立った次第。
 
 
「ヨーロッパ橋」↓
 
 
カイユボットの経歴、仕事など詳しくは公式サイトで↓

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/sp/caillebotte/

 
 
印象派というと点描の色鮮やかな風景画
、というイメージなのだが、カイユボットの作品はもっと多彩。
そういった絵もあるのだが、なんだか単に真似てみたという感じであまりピンと来ない。
 
 
公式サイトでもトップに掲載されてる「ヨーロッパ橋」なんか、鉄の欄干のがっしりした感じはとても印象派とは思えない。
それにこの作品の面白いのは、橋の欄干に肘をついて物憂げに川を見ている(?)男、上流階級らしい男女のカップル、野良犬とそれぞれにストーリーを感じさせながら、どこにフォーカスが絞られてるのかよくわからない。
橋でのスケッチということなのか?スケッチにしてはこの三様の配置があまりにあざとい。
いろいろ想像力を喚起させるドキドキする一枚。
 
 
どうやらカイユボットは相当な資産家だったので、生活のために絵を描いて売らなくちゃいけない、という切羽詰まったところはなかったのらしい。
そうした裕福であるがゆえに、テーマを自由に選べる、自分の好きなように描けるというのが、カイユボットを独特な存在にしている。
 
 
パトロンにお金を出してもらってたら、パトロンの好むものを描かなくちゃいけない。
裕福であることが心の余裕を生み、新しいことにも興味の赴くままに自らの作品へとりこんでいく。
貧しい画家が着る物にも困る生活の中で血の滲む努力をして作り上げた芸術もそれなりに迫力を感じるけれども、金持ちが道楽と分け隔てなく優雅にやってのける芸術というのにどこか「敵わないな」という感じがしてしまう。
 
 
といっても、そういう観るに値する作品を作り上げられる金持ちというのもほんの一握りなのかもしれないが。