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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

アーリー20thなモード①〜犯罪、それが私の生きる道~「欲望のバージニア」

今年になってから1920年代になぜだか関心を持つようになった、ということをこのブログでも前に書いたと思うけども、そんなわけでその1920年代を中心に20世紀初頭のカルチャー一般、風俗、社会なんかをちょこちょこ調べている。

 
 
調べているといってもお粗末なもので、今まで読んだことのなかったスコット・フィッツジェラルドを読んでみたり、パリに新時代の匂いをかぎつけたアメリカ人アーティストや作家らがガートルード・スタインのサロンに集まってた、なんてことをどこかで聞きかじったり、ハリウッド映画の黄金期だというのはケネス・アンガーの「ハリウッド・バビロン」で知ったり、そうした断片を寄せ集めては勉強したつもりになってるのがせいぜい。
 
 
分厚い研究書を読むだけの根気はないので、小説やエッセイ、映画なぞから知識というかその時代の雰囲気を漠然と掴む、というのをひとまず目的としている。目的というほどでもないか。
 
 
で、映画はほんとなら1920年代製作の映画を観られるなら観るべきなんだろうけども、そこももうひとつ踏み込めず、1920年代あたりを舞台にしてる近年の映画を観てるのが実際。
 
 
ここまでが前振り。
 
 
1920年代アメリカといえば、悪名高き禁酒法の時代(1919〜1933)。
その禁酒法施行下のバージニア州で密造酒を作って糊口をしのいでいた実在のボンデュラント兄弟を描いたのが、今年日本でも劇場公開された「欲望のバージニア」。DVDで鑑賞。
原作が三兄弟の末弟の孫というので、もしかしたらお祖父ちゃんから寝物語に聞かされてたのかもしれない、などと。
 

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禁酒法下のドラマならアル・カポネらシカゴのギャング団を描いた映画がいくらでもあるだろう、と、それはまあいずれ観ていこうか、と。
でも、そもそも1920年代に興味があるといっても、それほどギャングの抗争には惹かれないのである。
 
 
さて、「欲望のバージニア」、1931年と禁酒法時代も末期、大恐慌も去った後で、華やかさはない。
密造酒作りを稼業として淡々とこなす次男フォレストにトム・ハーディ。ちょっと血の気の多い長男ハワードをジェイソン・クラーク(彼はバズ・ラーマン版「華麗なるギャツビー」で、妻を寝取られる陰気な修理工ジョージ・ウィルソンを演じてた)。野心はあるものの、三兄弟のうちでは一番ひ弱な末弟ジャックにシャイア・ラブーフ
末弟ジャックを軸に兄弟の絆や裏稼業の厳しさ、捜査当局との渡り合いを描く。
 
 
次男フォレストは、密造酒作りのボスとして兄弟をまとめている。地味ながらも堅実な、控え目ながらも締めるべきとこを締めるビジネス手腕で地元の警察も抱き込み、その業界では一目置かれるまでの存在になっている。
ところが末弟ジャックはそれだけでは不満で、州境を越えて手広く商売をすべきだと思っている。
そこへ血も涙もない特別捜査官が派遣されてきて、次々と商売仲間が捕まっていき、ついにボンデュラント兄弟にまで捜査の手が及ぶ。
と、こんなストーリー。
 
 
ニューヨークでジャズエイジを謳歌していた時代に少し南下したところでは、とてもそんなきらびやかさを感じさせない、犯罪をしないでは生活できないような地域があったわけだ。
というか、そういうところがおそらくほとんどだったのかもしれない。
ガイ・ピアース演じるキザで情け容赦ない特別捜査官のパリっとめかしこんだ服装に、都市の匂いをやや感じる。
あと、ジャックが片思いする牧師の娘に贈るクリーム地にパラソル?だったか鳥?だったか忘れたけど、がプリントされたワンピースも、都市=自由な時代への憧れを感じさせる。
 
 
監督ジョン・ヒルコート、脚本ニック・ケイヴがインタヴューで話していたけれども、ここに描かれている時代は、西部開拓時代(西部劇)が終わりギャング時代(ギャング映画)が幕を開ける、ちょうど過渡期である。

 

 

馬に乗って保安官が悪漢を追うようなシーンはない。
警察も犯罪者も、どちらが正義でどちらが悪かというのははっきりとしない。お互いに持ちつ持たれつという関係である。
また、ギャング映画のように銃を撃ち合っての熾烈な縄張り争いが描かれてるのでもない。
あくまでも生活するために密造酒作りという犯罪に手を染めざるを得ない、田舎の人間の生き様が描かれている。
しかしジャックが「もっと手を広めるべきだ」と野心を秘めているように、この作品にはギャングにいずれなるのだろう人間の萌芽もある。