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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「アメリカン・ハッスル」を観た~遅ればせながら「世界にひとつのプレイブック」も観てラッセル監督についての所感

映画 アメリカ

今年の米国アカデミー賞で作品・監督・主演男女優賞といくつもノミネートされている話題のデヴィッド・O・ラッセル監督「アメリカン・ハッスル」を先日観てきたんだけども、これがどうもいまいちピンとこなかった。


70年代に実際に起きた、政治家の収賄を摘発するためにFBIが行ったおとり捜査=アブスキャム事件を下敷きにしたポリティカルなサスペンスドラマ。

映画『アメリカン・ハッスル』|2014年1月31日、TOHOシネマズ みゆき座ほかROADSHOW


映画『アメリカン・ハッスル』予告編 - YouTube

 

70年代の雰囲気を再現した、といってもその当時のアメリカの風俗をリアルタイムで知っているわけじゃないので、こう言い切っていいものか悩むとこだが、ファッションや音楽などのディテールはなかなかに楽しいし、ラッセル組と言っていいクリスチャン・ベイルジェニファー・ローレンスブラッドリー・クーパーエイミー・アダムスの演技アンサンブルも魅力あるし、などと今更ひとつひとつ指折り思い出して挙げ連ねていけば、ほんとは面白かったんじゃないか?と最初の印象が不確かな感じになってくるが、でも、やっぱりなんかもひとつグッと来なかったのは事実。

 

 

なにがそんな不満だったのかというと、FBIのおとり捜査に協力するよう求められた詐欺師が最後に「アッ!」と言わせるどんでん返しの秘策を見せるっていう、いわば「スティング」や「ユージュアル・サスペクツ」ばりのコン・ゲームのエンターテイメントにならなくちゃいけないとこを、あえてはずして人間ドラマを前面に押し出してきてるのが、なんかね、あざといんじゃないか、と。

 

 

ベン・アフレックが監督した「アルゴ」が、やっぱり70年代に実際に起こったイランでのアメリカ大使館占拠事件を扱っていながら、最後ゾクゾクするような脱出劇のサスペンスで映画的体験を味わわせてくれた印象が強く残ってたので、どうしても比較してしまうと、なんだか物足りない。

いや、まあこういう比較はあんまり意味ないかもしれないけど。

演技派俳優たちのアンサンブルで、スカッとしたコン・ゲームを見せてくれる作品だとソダーバーグの「オーシャンズ」シリーズも思い出すけども、そうした(たとえ内輪ノリとはいえ)明るさも感じられないし…

 

 

と、なんとなくすっきりしなかったので、未見だったラッセルの前作「世界にひとつのプレイブック」を借りてきて観てみた。

 

 
映画『世界にひとつのプレイブック』予告編 - YouTube

これも昨年の賞レースを賑わせた評価の高い作品だけども観てみたら、「あれ、これはラブコメ、もしくはロマコメじゃないか」と。

で、なるほどな、と思ったことがあった。

 

 

世界にひとつのプレイブック」は完全にラブコメなのに、伴侶に逃げられたり死なれたりして精神を病んだ男女の再生?を描いた人間ドラマみたいに作られていて、ここでも「アメリカン・ハッスル」と同様のあざとさを感じてしまう。

で、まあそのあざとさは置いとくとして、これは個人の主観なんだけども、いわゆるジャンル映画の枠を用いるんならきちんとジャンル映画としてのお楽しみをわかりやすく提供してほしい、てのが僕の要望なんだな、と。

アメリカン・ハッスル」ならどんでん返しでスカッとさせてほしい、「世界にひとつのプレイブック」なら2人が恋に落ちてハッピーエンドで締めてほしい(これはちゃんとそれなりのカタルシスを感じられたんで、「世界に~」は別に嫌いでも不満でもない)。人間ドラマはそうしたカタルシスを演出するための枝葉であればいい。

と、繰り返すけどもこれは個人の主観です。

 

 

でも、どうもラッセル監督は、僕の思いなど勿論知る由もなく、ジャンル映画のカタルシスよりも、ジャンル映画の枠を用いて人間ドラマの方を主軸に描く、という方に興味があるんじゃないか。

ここのすれ違いがピンとこなかった理由かな、と。

 

 

それにしても、これはまた別の話になってしまうけども、人間ドラマの緊迫感を見せようとすると、最近はもっぱら手持ちカメラでクローズアップの切り替えしをしているような印象があって、これにはちょっと最近食傷気味なのである。