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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

学園天国?な映画⑧〜ジョン・ヒューズの「すてきな片想い」「フェリスはある朝突然に」

映画 青春・学園 アメリカ コメディ
今年の課題ジョン・ヒューズ作品から、「すてきな片想い」「フェリスはある朝突然に」を観る。


のっけからなんだけどもこの2作、学園映画と括るには実は違和感があって、確かに主人公は高校生だし、学校も出てくるけども、むしろ家(=家庭、家族)とそこに属する多感な時期を迎えた子ども(=ティーン)との距離感において成立してる作品ともいえる。


「すてきな片想い」は16歳の大事な誕生日を、家族に祝ってもらえないことでふてくされる女子の一日の物語で、「フェリスはある朝突然に」でも学校をずる休みして遊び呆けるフェリスや友達のキャメロンの軛は、学校ではなくやっぱり家族なのである。
となると、当然ジョン・ヒューズ作品で忘れてはならない家についての作品がある。「ホーム・アローン」である。


と、前振りながら、なにもこのエントリでジョン・ヒューズと家についてなにか論じたりするわけではない。
ただ、そう思い至った時に、ジョン・ヒューズ作品を、80年代のエッジの立った学園映画時代と90年代以降のぬるくなったファミリー映画時代というように分けて考えるのは、あまりに安直じゃないかという気がしてきた。
ホーム・アローン」も単なるお子様向け作品でなく、ジョン・ヒューズの作家性を知る上では重要な作品だという新たな認識。


で、「すてきな片想い」。ジョン・ヒューズの初監督作。
誕生日を祝ってもらえなかった女の子の話。最後に意中の彼と結ばれるハッピーエンドになってるけども、特にこれといって何事も起こらない。
この何事も起こらなさが、ある種の前衛性を獲得してる。
とはいえアーティスト気取りな演出ではなく、コメディ作家らしく、とにかく楽しませようと要所要所にベタなギャグを入れてくる。まあ、笑いの感度は個人の感性、文化によって異なりはするが。
子ども以上大人未満なティーンの他愛ない日常に目をつけたところもジョン・ヒューズの功績大だろう。
だけども、やりたいことと演出力がまだチグハグな感じが否めない。


「フェリスはある朝突然に」、これはもう素晴らしい。

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なんというのか、徹頭徹尾楽観性が貫かれてるとこに、まず痺れる。
フェリスは完全無欠な高校生で、学校も家族も手玉に取って、どんなやんちゃなイタズラも見逃してもらえる世渡り上手。人生を楽しむコツをすでにして掴んでいる。
たいていのハリウッド映画の脚本は、主人公がなんかしらの問題を抱えていて、それを克服していくことがドラマの要であり、それがなければカタルシスは与えられないとでもいうようにできてる。
けども、本作はまったくそういうルールを無視してる。フェリスにはなんの問題もない。ただ学校をずる休みして(その理由だってわからない!)、1日を楽しく過ごすだけ。これってかなりアナーキー
フェリスはことあるごとにスクリーンの向こうから観客に向かって話しかけてくる。まるで観ている者をも共犯者にしようとするかのように。
ああ、この心地よい、薄っぺらいお祭り騒ぎはなんなんだ?!
パレードで「ツイスト・アンド・シャウト」を皆で踊りまくるあの多幸感!
なんだか泣けてくる。
郊外住宅地を走り抜けて家を目指すフェリスの躍動感!
結局彼は家へ帰ってしまった…
でもフェリスの1日に付き合わされて、しばし楽しい時間を過ごしたじゃないか?と。
フェリスはこの映画ではほとんど妖精のようだ。彼は映画の中にも実在しなかったのかもしれない。映画の内と外を繋ぎ合わせる存在。
ああ、楽しかった。


で、蛇足ながら、この2作どちらも1日の出来事を描いてる。
「その1日」が「特別な1日」である、というようなワンデイ、またはワンナイトものには心惹かれる作品が多いよなあ、と。
「サムシング・ワイルド」も「スーパーバッド」も、他にもあった気がするけど思い出せない…