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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「ハックルベリー・フィンの冒険」を読んだ

岩波文庫の「ハックルベリー・フィンの冒険」上下巻を読了。
トム・ソーヤーの冒険」よりも面白い!

ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)

ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)


ハックルベリー・フィンの冒険 下 (岩波文庫 赤 311-6)

ハックルベリー・フィンの冒険 下 (岩波文庫 赤 311-6)


根っからの風来坊ハックルベリー・フィン(以下ハック)には、自分を文明化しようとする周りの心優しい人々の心遣いも、ただのお節介でしかない。
父親は、現代なら即逮捕されてもおかしくないアル中DV親父で、なけなしの金を酒に費やし、息子を束縛し、気に入らないと鞭で叩く。まったく同情する余地がない。
当然ハックも父親を疎ましく思ってるのだけども、ことはそう単純でなく、父親から自分を救い出そうとしてくれる周りの人の生活には馴染めないのだし、鞭で叩かれさえしなければ父親との生活もそう悪くない、と考えてる節がある。
根っからの風来坊であり、自然児なのである。


しかしとうとうハックは自由を求めて、父親から、そして町から逃げ出すことに決める。
途中で逃亡奴隷のジムと一緒になって、筏で川を下る冒険。
いや、冒険ではない。彼らにとってはそれが生活なのだ。


川にはいろんなものが流れてくる。丸太は売れば金になる。カヌーは交通手段になる。釣った魚が日々の食糧。豊穣なる川の物語。


自然児だけれども素直な心の持ち主ハックと迷信を恐れながらも筋を通すしっかり者ジムとのコンビの旅は、それを追っているだけで自分の心に巣食う雑念を取り除いてくれるよう。


ただ、下巻の中盤から再登場するトム・ソーヤーが、ハックとの対照をなすために、やたらと見栄を張って、理屈を振り回し始めると、どうも鼻白む。
それまでハックに心奪われてきたのに、当のハックが「さすがトム」みたいに感心すると、「トムなんかつまんない理屈屋じゃないか、ペコペコするなハック!」と言いたくなってしまう。


マーク・トウェインはこの物語を中断をはさみながら7年に渡って執筆したのらしい。
そう言われてみると、上巻の2/3くらいはどことなく社会の暗部を背景に漂わせて風刺小説ぽいけども、王様と公爵の詐欺師コンビと道中をともにするあたりはやや寓話の趣が強いようにも思えるし、下巻の半ば以降トムが出てきてからは、まあ、「トム・ソーヤーの冒険」と同じような少年少女向けの読み物めいてくる。
いや、うーん、この例えは正確じゃないな、でも、大体この3つで雰囲気が異なる。
好きなのは一番最初のパート。


訳文で読んでもハックの語り口が非常に魅力的なので、でき得るなら原文で読みたいと思う。