船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「モネ展」、「ムンク版画展」を観た~モネもよかったけど、ムンクにより痺れた

国立西洋美術館で開催している「モネ 風景をみる眼 19世紀フランス風景画の革新」展を観に行った。

モネ展| TBSテレビ

3/9で終了だというのでなんとか滑り込み。

閉館時間の1時間半前に行ったのに、チケット売り場に少し列ができてるほどの混雑。

 

 

教科書的に有名なモネの「睡蓮」を生で観てみたい、というのがあって足を運んでみる。

モネについては印象派の画家という程度の知識しかない。まったくミーハーな気持ちで観に行く。

でもモネの「睡蓮」といっても、睡蓮をモチーフにした絵をモネは200点近く描いてるのだというし、いつのどんな「睡蓮」なのかよくわからずに観たのだが。

 

 

今回の展覧会の趣旨をよく知りもしないで行ったので、すべてモネの作品で構成されてるものだと思い込んで観始めて、最初は「ああ、同じ画家でもだいぶ絵のタッチがかわるもんだな」なんてとぼけて観てたら、本展はポーラ美術館と国立西洋美術館の所蔵する印象派コレクションの中からモネをメインに取り上げつつ、他の印象派画家たちの作品(主として風景画)と比較して、モネの独自性を浮かび上がらせる、とまあ、そういったものだったよう。なるほど。

 

 

その趣旨を十分に理解できるほどの鑑賞眼は残念ながら持ち合わせていないのだが、それでも風景画に一応的を絞って、様々な印象派の作品を観られたのはなかなか得難い体験。

同じような野原、木立ち、農村、海、その他牧歌的な風景を描いていても、筆触・筆致でこうまで印象が変わるものか、と。

セザンヌのヌタッと平べったい感じ、シスレーの揺るぎない王道の印象派っぽい明るさ、ルノワールのモフモフとした感じ、シニャックの点描によるカラフルさ、ゴッホのもはや自分の妄想でしかないような狂った印象派タッチ、クールベ印象派とは呼べないけども険しく迫るタッチ、などなど。

 

 

本展のメインであるモネは、僕には非常にユーモアが感じられて、いくつかの作品ではつい「フフッ」と含み笑いなど漏らすほど。

「バラ色のボート」なんて、画像では伝わってこないけど、手前に伸びている女性の持つオールが不自然に長くて、絵の前に立つとなんだかおかしくなってくる。

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モネがロンドンで霧にむせぶ街を描いた「ウォータールー橋」など3作が並べられた展示が素晴らしかった。

ほのかな桃色。全面霧に覆われ物の形が判然としない。美しいなあ。

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肝心の「睡蓮」、これもやっぱり見応えあった。

厚く盛り上がった絵具でできた影を見るのはなかなか痺れる。

一体この作品の最後の一筆はどこなんだろう?その一筆がもしなかったら、いや、またはもう一筆加えられていたとしたら、この作品の印象はまた違ったものになったのだろうか?

そんなことを考えながら、しばし立ち止まって観ていた。

 

 

ただ、全体的にそれほどこの展覧会の構成が効果を上げてないような気もした。

特に後半がいまいち弱い感じがして、会場を出た後に「モネを堪能した」という感じがそれほどしなかったのだ、正直なところ。

 

 

閉館まで時間がまだ少しあったので、常設展で開催されていた「エドヴァルド・ムンク版画展」を覗いてみたけども、小規模ながらこっちの方が個人的にはグッときた。

アダムとイブに材をとった残酷なおとぎ話につけた挿画の連作や裸体の男女が抱き合ってキスを交わす「接吻」に痺れる。

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ムンクといえば「叫び」くらいしか知らなかったけども、この画家もゴッホに劣らずどっかおかしい。

機会作ってもう少し他の作品も観てみたい。