船橋リズムセンター

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「複製された男」を観た~原作ジョゼ・サラマーゴの別作品「ブラインドネス」も観たよ

TOHOシネマズシャンテシネに「複製された男」を観に行ってきた。

映画「複製された男」公式サイト » 映画「複製された男」公式サイト


映画『複製された男』予告編 - YouTube

 

 

ジェイク・ギレンホール主演、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。

ゴールデンウィークに公開されたヒュー・ジャックマンジェイク・ギレンホール共演の犯罪ドラマ「プリズナーズ」の監督もドゥニ・ヴィルヌーヴ

プリズナーズ」はそれほど注目していなかったのだけど、twitterなどで観た人の評判がよかったので、観に行くつもりでいたところ結局スケジュールと財布の都合がつかなくて見逃していた。

初めて名を聞く監督で、同じ年に2本も公開されるとはよっぽど期待の新鋭監督なのかな、と思ったら80年代後半から出身地のカナダでドキュメンタリーや短編などを撮っている中堅どこであった。

でも日本で観られる監督作は上記2本を含めても4本のみ。

 

「複製された男」は、自分そっくりな男をたまたま見つけてしまった歴史の教師が、その男と興味本位で会うことから起こるミステリー。

それほど新奇なストーリーではないが、分身・ドッペルゲンガーというモチーフは、どこか不思議とロマンチックな、そそられる題材ではある。

自分に似た人間が自分とは全く違う人生を生きている、というのは現実逃避したい人の願望をある程度満たすものなんだろう。

 

 

モチーフの魅力と気鋭の監督による作品ということで興味を持って観に行く。

まあ、しかしこれが、なかなか一筋縄ではいかない作品であった。

 

 

分身・ドッペルゲンガーというモチーフは非常にジャンルもの(ミステリーの他にもサスペンス、ホラー、コメディといった)と親和性が高いと思うのだが、そうしたジャンルものの定石をスルリとかわし、いかにも何事か起きそうなんだけども、決定的に何かが起こるというでもなく、ひたすら不穏な空気を漂わせながら進行する。 

 

セピア調の脱色された映像で描かれる無機質な高層マンション群。

主人公の歴史教師の日常は、仕事も恋人との営みも惰性で繰り返されるばかり。

そんな退屈な日々に突如現れた自分の分身とも思えるそっくりな男。

彼は売り出し中の俳優で、美しい妊娠中の妻がいる。

さらに裏では会員制の淫靡な秘密クラブを主催している。

歴史教師は自身では抵抗しながらもゆっくりゆっくりともう一人の自分に同化していく。

 

 

このゆっくりとしたテンポが独特で、時にもどかしい。

これが文学的な味なのかもしれない、とも。

象徴的に現れる蜘蛛がラストにドキッとさせるが、一体これは何なのか?

このラストは、監督と同じカナダ出身のクローネンバーグのテイストを思わせる。

現代人の憂鬱、分身、変容、エロスなどとキーワードを並べてみても全然腑に落ちない。

 

 

そこで監督の過去作を観ようかとも思ったけども、この独特さは原作に由来するような気がして、原作者ジョゼ・サラマーゴについてWikipediaで調べてみる。

ジョゼ・サラマーゴ - Wikipedia

するとノーベル文学賞を受賞しているポルトガルの大作家であるという。

他に「白の闇」という作品が「ブラインドネス」というタイトルで映画化されてるのも知り、それじゃあとこれを早速TSUTAYAで借りて観てみる。

 

 

 

白の闇 新装版

白の闇 新装版

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然目の前が真っ暗ならぬ真っ白になって失明してしまう、という伝染性の病気が世界中に広まる。

社会は大混乱、政府も事態を収拾することができず、世界は破滅目前となる、という話。

最初に失明した日本人や彼を診察した眼科医らが隔離された施設で過ごす前半と、いよいよ政府が崩壊して世紀末的様相を呈する街に彼らが飛び出して彷徨する後半に分かれる。

 

 

失明した人たちが両手を前に突き出して覚束なげに街を歩き回る様は、ゾンビそのもの。

ゾンビものの亜種なのか?と思うとちょっと違う。じゃあパニックものかというと何か違う。

この作品もまたジャンルものの定石を外してくるのだ。

 

 

ワールド・ウォー・Z」のように原因を突き止めるために誰が身体を張るでもなく、「ドーン・オブ・ザ・デッド」のように終末世界をサバイバルしなきゃならないヒリヒリした感じもない。

失明した主人公ら(唯一なぜか失明しない眼科医の妻も)は、現状を受け入れ、冷静に、務めて理性的に行動する。

それでも次第に状況は悪化していく、ゆっくりゆっくりと。

 

 

これを観てハッと気が付いた。

いろいろすっ飛ばして結論だけ書いてしまうと、これは再生の物語なのではないか?

「複製された男」ではひとりの男に起こったことが、「ブラインドネス」では全人類に起こっている。

 

 

失明の原因は明かされない。

失明しなかった原因も明かされない。

それよりも、失明によって暴かれた世界の、人間の有り様が重要で、獣性が剥き出された世界で主人公らはもう一度やり直していこうとする。

やや明るい未来の暗示。

 

 

ところが「複製された男」の方は、もうひとりの自分として生き直そうとするのだけども、こちらはやや不吉な暗示で終わる。

 

 

どちらも観てスカッとする作品ではない。

しこりの残る作品。

まあ、でもたまには現状に倦んでる人にも、満ち足りてる人にもこの2作を観て再生について考えてもらいましょう。