読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「ヴァロットン展」@三菱一号館美術館に行ってきた

もう3週間以上も前になるのでたいしたこと書けないけれども、備忘録的に書いておく。

 

 

f:id:kamonpoi:20141002074017j:plain

ヴァロットン展 ―冷たい炎の画家 三菱一号館美術館(東京・丸の内)

 

 

フェリックス・ヴァロットン、19世紀末から20世紀初頭にかけてフランスで活動したスイス出身の画家、木版画家である。

私は、この展覧会で初めてその名を聞いた。当然作品を観るのも初めて。

 

 

三菱一号館美術館はポスターやチラシの作り方が秀逸で、「ヴァロットン展」の前に開催していた「ザ・ビューティフル」もやはりポスターに惹かれて観に行った展覧会。

今回の「ヴァロットン展」もまずはポスターに惹かれた(上記の画像)。

 

 

ポスターに使用されている「ボール」はかなり奇妙な構図。

画面奥に描かれた2人の会話している女性と画面手前の赤いボールを追う少女とが、芝地と砂地とではっきり分断されている。

奥にいる女性たちと少女、少女とボール、この3点の成す歪なトライアングルが妙に胸をざわつかせる。

ベタッと平面的に塗られた芝地と砂地、それと画面左から襲い掛かってくるような木立ちの影が不穏な舞台を演出してるのにもグッとくる。

これに魅せられて展覧会へ足を運ぶことになったので、ポスターにこの絵を採用したのは見事に成功しているな、と。

 

 

ヴァロットンの特徴の一つである、どこかバランスの悪い奇妙な構図はどこか映画的である。

画家自身と思われる背中の影が画面中央に描かれた「夕食、ランプの光」とか、隅のソファでこっそり2人の禿げた中年男と密談を交わしている女を描いた「貞節なシュザンヌ」は映画のワンシーンを切り抜いてきたよう。

いずれもどこか不穏な、陰のある雰囲気がたまらない。

f:id:kamonpoi:20141016115423j:plain

「夕食、ランプの光」

 

 

女性ヌードを描いた作品は、いずれも身体の曲線を強調しているのが特徴。

あまりエロチシズムは感じない。

よっぽど前記の「夕食、ランプの光」「貞節なシュザンヌ」の方がエロさはあるように思う。

 

 

「ボール」のようなベタッとした塗りに惹かれる方だけども、「20歳の自画像」や「帽子を持つフェリックス・ヤシンスキ」といった肖像画も魅力的。

特に後者の帽子を持つ手の表現には技術力だけではない、なにか引き込まれるような力を感じる。

f:id:kamonpoi:20141016115508j:plain

「帽子を持つフェリックス・ヤシンスキ」

 

 

木版画も多数展示されている。

ヴァロットンは木版画を芸術的な表現として再生した画家としての評価があるらしい。

特徴としては影を表現する線(専門用語があったと思うがわからない)をほとんど用いず、白と黒だけでかっきりと描く。

日常の場面をモチーフにしていることが多いが、どこかフィルムノワールの世界を髣髴とさせる。

これはまたこれで面白い。

f:id:kamonpoi:20141016115550j:plain

「お金(アンティミテⅤ)」

 

 

会場の終わりの方に展示されていた晩年に近い作品(神話や戦争をモチーフにしたものなど)は、正直私にはたいして面白いとは思えなかった。

テーマ負けしているというのか、どこかもさっとしていて伸びやかさがない。

 

 

特にまとめという形にはならないけれども、全体的には繊細で真面目なフェリックス・ヴァロットンというひとりの画家の姿が浮かび上がってくる構成になっていた。

展覧会のキャッチコピーに「冷たい炎の画家」とあったが、確かに作品のうわべはこれといって感情的な爆発力みたいなものを感じさせない。

けれども、時に精神の崩れなのかなんなのか「ボール」や「夕食、ランプの光」のような異色な作品ができてしまう、というところがヴァロットンという画家の面白いところかな、と。