船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「6才のボクが、大人になるまで。」を観た~ごくごくありふれたことが後々の人格を、人生を形作っていく

これは鑑賞後、じわじわと胸に迫る。

話題性の高い作品だけれども、決して「4人の俳優が、ひとつの家族を演じた12年」というキャッチフレーズに謳われてるとこだけが見所となっているわけではない。

とはいえ、12年間ものあいだひとつのキャラクターを、毎年数週間ずつ演じ続けるというのはどういう体験なんだろうか?と思わずにはいられない。

こうして編集され、2時間半以上もの長さの作品として完成したものを観れば、確かに俳優それぞれの時の経過は刻まれているのに(パトリシア・アークエットの体型、イーサン・ホークの顔の皺、こどもたちの成長は言わずもがな)、どのキャラクターも一貫していて違和感がない、ということにもっと驚くべきなんだろう。

(以下、ネタバレにあたる箇所もあるかもしれません)

 

 

6才の少年メイソンJrが、多感な思春期を経て高校を卒業するまでを、ひとりの俳優の成長とともに追ったドラマである。

これがドキュメンタリーとして撮られているのではなく、映画=フィクションとして撮られているのも驚き。

果たして世の父親たちが、自分の子どもをホームビデオで10何年も撮影して、その膨大な素材を編集すれば「6才のボクが、大人になるまで。」が出来上がるのか?といったら決してそんなことはない。おそらくドキュメンタリーにしたって観られたもんじゃない(当の家族以外は)。

そんなことを考えると、一見何事も起こっていないようにニュートラルに撮られたこの作品が、いかに緻密に構成されているかということが、これもまた驚きとして映る。

 

 

主演のメイソンJrを演じたエラー・コルトレーンのインタビューに、リチャード・リンクレイター監督の演出について語られている箇所があったので以下抜粋。

ワークショップのような感じでキャラクターを作っていくんだ。役者と共に話し合いながら、セリフはどうだとか、ここってこうだよねとか、準備の間にみんなで話しあいながら作り上げた。いつ撮影してたんだろうって思うくらい淀みなく常にキャラクター作りをしていた現場で、その日の撮影が終わった後もみんなでキャラクター作りを続けていたよ。その場で思いついた意見も取り入れていたけど、一旦それを脚本に落とし込んでからその通りに撮っているから、撮影現場ではアドリブはなかったんだ。準備段階にはそういう事があったから、雰囲気的にはアドリブのような見え方をしてるんじゃないかな。

少年の成長を12年かけて撮影した『6才のボクが、大人になるまで。』途中で嫌にならなかったの? 主演に直撃! - エキサイトニュース(1/3)

「アドリブはなかった」そうである。

イーサン・ホーク演じる実の父メイソンSrが、娘に「コンドームを使え」と力説するシーンでの娘サマンサの照れっぷりなんか観ると、多少はアドリブもあったんじゃないかと思うけれども。

 

 

「何事も起こってないように」見えると書いたけれども、実はメイソンJrの12年間にはいろいろなことが起きている。

母親の離婚と再婚、アル中の義父による家庭内暴力、性の目覚め、いじめ、初恋、アルコール、マリファナ、アートへの目覚めなどなど。

このうちのどれか一つをとっても、それだけで重厚なドラマを作ることは可能だろうけども、そこをひとりの少年の成長の中で、ごくごくありふれたことのように描いている。

とはいえ、そのごくごくありふれたことが後々の人格を、人生を形作っていくわけで、故に鑑賞後誰もがこの作品と自分の人生とを重ね合わせて、「あの時のあんな小さなこと」やら「こんな衝撃的な体験」なんかを思い出し、この作品をより印象深くする。

 

 

メイソンJrの両親は若くして別れ、本人たちは決して復縁したりしないけれども、子どもたちにとってはよい父母で、母は子どもたちを守り、父は子どもたちに様々な体験をさせる。

本作では母と父の役割をかなりきっちり分けて描いている。

父を演じたイーサン・ホークは、リンクレイター作品の常連だけあって、よい感じに肩の力が抜けていて素晴らしい。

子どもたちはどんどん成長しているのに、愛車の黒のGTOを何年も乗り回す父メイソンSrが、再婚してその車を売り払いワンボックスカーに乗り換えて現われるシーンはなかなかグッとくる名シーン。

それまで割と風来坊だった父がようやく家庭を持って落ち着く。

母の再婚相手が精神を病んでしまう男ばかりなので、この父の成長はなんだかホッとさせる。

 

 

そう、本作はメイソンJrの成長だけではなく、この家族全体の成長をも描かれている。

母オリヴィアはがむしゃらに子どもたちを守り、自らのキャリアアップを達成してきたけれども、いざ子どもたちを大学まで進学させると、突然虚無感のようなものに襲われ泣きだす。

これは決して暗いものではない。

というのは、実際映画館で鑑賞していた時に、このシーンで観客(おそらくオリヴィアと同じ経験をしたことのある中年女性たち)から共感と思える笑いが漏れたのである。

「そうそう、そうなのよ。苦労して育ててきたのに、さっさと巣立ってしまうのよ」とでもいうような。

ぼくはなんだかほっこりしてしまった。

母の務めは終わったのかもしれないが、オリヴィアにとっては実はここからがまた成長の時なのではないだろうか?

繰り返すけども決して暗いシーンではないと思う。

 

 

鑑賞直後は、同じリンクレイター監督で時間を強く意識した作品なら「ビフォア」3部作の方が、映画的なマジカルもあって好きだなあ、と思ったもんだけども、「6才のボクが、大人になるまで。」も日が経つほどにいろいろ思い起こされてきて、また観たくなってくる。

夫婦で観るのもいいかも。

 


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