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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「ゴーン・ガール」を観た!

先週から日本でも公開が始まったデヴィッド・フィンチャーの新作「ゴーン・ガール」。
原作はNYタイムズのベストセラー入りを果たした一級のミステリーということで話題性は十分。
失踪した妻はどこへ行ったのか?
との謎解きを前面に出した広告や予告は広く訴求力はある。
すでに絶賛コメントも散見されるし、これはヒットしそうである。


で、観てきました。
堪能!
ただ、この作品は感想を語るのが難しい。というのはネタバレに配慮しなくてはならないから。
ざっくり言えば、エンターテイメントなミステリーとして一級の仕上がりで、かつデヴィッド・フィンチャー好みの悪意を感じられるストーリーが、無駄のない、というより容赦ない編集でテンポよく語られグイグイ引きこまれる。
つまり素晴らしい。


配慮の足りない人間なので、うっかりこの先ネタバレするかもしれませんがご容赦を。


結婚5年目を迎えた元ライターの夫婦。2人は誰もが羨むようなカップルだった。
結婚記念日のその日、夫が帰宅すると、室内には争ったような形跡があり、妻の姿は消えていた…
果たして妻はどこへ行ったのか?何か事件に巻き込まれたのか?そして夫は本当に何も知らないのか?
という話。


鑑賞直後、「セブン」に近い印象を覚えた。
すべてを司る者、全能なる者、いわば神への憧憬。しかし、どうしても神になることなどできない。力が足りない。その無力感。
ジョン・ドゥは自らを罰することで神になろうとしたが…などと。


フィンチャー自身が完全主義者であるということを考えると、全能感・無力感というのをテーマにフィンチャー作品を考えるのは面白い。


「ゴーン・ガール」を観た後に、未見だった「ドラゴン・タトゥーの女」を観たけども、今更ながらこれもまた面白い。
こちらはラスト、珍しく切なくさせるようなエモーショナルな演出があって、でもこれは蛇足のような気がする。
そこを取り払ってより怜悧な感じにしたのが「ゴーン・ガール」かな。