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船橋リズムセンター

「野に在って野に下らず、俗に在って俗に流されず」。こだわりなし、怒りなし、浅く、ぶれつつ、無着陸、、、

「ベイマックス」は面白かったけども…

機を失した感があるけども、「ベイマックス」を観て感じたことを少し書いてみる。

 

 

2015年の映画館鑑賞の1本目が「ベイマックス」であった。

『ベイマックス』本予告編 - YouTube

元旦、映画の日、家にいても退屈そうな子どもと一緒に吹替え版で鑑賞。

ストーリーはすでに知られているように、兄を不慮の事故で亡くした発明好きの少年ヒロが、兄の形見のケアロボット”ベイマックス”とともに兄の死の原因に迫る、というもの。

日本での宣伝では、兄弟愛や癒しを前面に出したファミリーで楽しめる感動ものという感じだけども、実際は、これもすでに知られているように、立派なヒーローもの。

とにかく最初から引き込んで、最後まで飽きさせないエンターテイメントの見本みたいな作品。

 

 

ただ、面白いは面白いんだけど、観終わって少し時間が経つと、なにか、こう、人工甘味料的な、旨味調味料的な、表面上で面白さをこしらえたようなところが妙に気になってくる。

面白がらせる術を心得た脚本家や監督が、技術を凝らして、プロフェッショナルに徹して丁寧に作っている、というのが、こういうと単にひねくれ者なだけかもしれないけど、どうもつまんなくもある。



その、オープニングのアクションでグッと掴んで、いったん各キャラを登場させて映画の全容を示し、主人公を主人公たらしめる行動に向かわせる出来事をバンと描いて、彼の成長とともに起承転結の転にあたる伏線も絡め…とかなんとか、そういう構成が透けて見えるのにどうも興を削がれてしまう。



僕は大体において、セオリーとか職人仕事というのにはどうも良いイメージがない。



「ベイマックス」にはいかにも「エンターテイメントはこうあるべき」といった悪く言えば押し付けがましさがある。

もちろんよく言えば、それはプロの自負なんだろうけど。



何十回もの脚本会議で最善の脚本を濃縮還元していくようなやり方(勝手なイメージだけど)で作られた話は、ちょっと押し付けがましい。

なんて思ってたところで、「ポール・ヴァーホーヴェンのトリック」を観た。

映画『ポール・ヴァーホーヴェン/トリック』予告編 - YouTube

これは冒頭5分の脚本を元に、その後の脚本を公募して少しずつ撮影して繋いでいくという伝言ゲームスタイルで撮られた実験的な作品。

でも出来上がってみたら、割と凡庸なサスペンスドラマ。



冒頭でポール・ヴァーホーヴェン自らがこの実験的な取り組みについて、言い訳めいたことを述べなければ、どうということもない作品。

つまり試みとしては失敗している。

いや、失敗ではないか。

素人に毛の生えたような脚本家が、バトンを受けて思い思いに書いてみたところで、結局無難な仕上がりにしかならない、ということを証明した点では成功してるとも言えるんじゃないか。

人々の集合的無意識が、ある種のストーリーの原型を目指すだとか、そういう心理学的なドキュメンタリーにしたらそれはそれで面白そう。とかまた別の話。



「トリック」観終わって最初に思ったのは、「ああ、脚本の初稿をそのまま撮ったら、こんな感じになるんじゃないか」だった。



練りすぎて「ベイマックス」になるのは嫌味、コントロールを緩めすぎて「トリック」のような凡庸さに陥るのは不毛。

脚本について、というか自分の脚本の好みについて考えさせられる2本でした。